血管障害
脳卒中の「卒中」とは、卒然(突然)邪気や邪風に中(あた)るという意味で中気や中風とも呼ばれていました。言葉のごとく突然悪い風に当たって倒れる病気で、発症した際には救急で病院を受診する必要があります。脳卒中には血管が詰まって起こる「脳梗塞」、血管が破れて出血する「脳出血」、くも膜下腔に出血する「くも膜下出血」に分けられます。血管障害では脳卒中の急性期治療や予防するための治療を行っています。
2021年治療件数:開頭術40件(院外指導8件)、脳血管内治療100件(院外指導201件)。
脳動脈瘤
脳動脈瘤は主に脳血管の分岐部がこぶ状に膨らむ病気です。通常、動脈瘤が存在するだけでは自覚症状はありませんが大きくなると破裂する確率が高くなります。頭部MRIなどの検査で未破裂の状態で見つかった時には今後どのくらいの確率で破裂しそうか、治療のリスクはどの程度か、治療による破裂予防効果がどれくらい期待できるかなどを勘案し経過観察するのか外科的治療を行うのかを考え患者さんに方針を提案いたします。破裂した場合には通常くも膜下出血を起こします。今までに経験したことのないような頭痛、意識障害を認めます。数日以内に再破裂することが多く、その場合約50%の確率で命に関わりますので、通常の場合は発症から2日以内に外科的治療を行います。
治療方法
コイル塞栓術
血管撮影室で足の付け根の血管や肘の血管からカテーテルを挿入します。さらに細いマイクロカテーテルを動脈瘤内に誘導しプラチナ製の柔らかいコイルを動脈瘤内に充填します。コイルの隙間に入り込んだ血液が固まり動脈瘤内に血液が入らない状態になります。コイルが動脈瘤体積の25%以上に挿入されると再発のリスクが下がることがわかっています。動脈瘤頚部が広いと正常血管にコイルがはみ出してくるのでカテーテルを2本使ったりバルーン付きカテーテルやステント(金属性のメッシュチューブ)、パルスライダー(正常血管側からろうそく立てのように動脈瘤頚部を支えるデバイス、金属量が少なく抗血小板剤の長期服用が不要となるのが特徴です)を使用することで高い塞栓率の達成を目指します。コイルを使用しない治療デバイスとしてフローダイバーターステントがあります。ステントメッシュの目が細かく動脈瘤頚部あるいは基底部を覆うように親血管に留置することで動脈瘤内への血流流入を阻害し、瘤内の血栓形成を促します。脳血管内治療は局所麻酔でも可能ですが治療方法や患者さんの状態、希望に合わせ全身麻酔を選択することもあります。治療後は外来で定期的に検査を行い再発が起こっていないか経過観察を行う必要があります。治療方法により期間が異なりますが一定期間抗血小板剤を内服する必要があります。
開頭クリッピング術
手術室で全身麻酔下に基本部分剃毛で行います。手術顕微鏡や専用の器械を用いてくも膜を切開し脳を保護しながら深部の動脈瘤に到達します。動脈瘤頚部をチタン合金製の動脈瘤クリップで閉鎖し動脈瘤を完全にしぼませます。動脈瘤の場所や分岐する血管の状態によってはバイパスを併用した治療を行うこともあります。術後動脈瘤を完全閉塞した場合にはほぼ完治となります。術前より脳萎縮がある場合は術後2~3ヶ月で手術側に慢性硬膜下血腫を生じる可能性があり注意が必要です(当院での発生率約3%)。若年の患者さんは別部位に動脈瘤が新たにできる可能性もわずかにありますので定期的なMRIによる検査をお勧めします。
ハイブリッド手術室について
広島大学病院では2013年9月に開院した診療棟4階に設置されました。2方向の血管造影装置と全身撮影ができる64列CTを備えたタイプとしては国内初のハイブリッド手術室となります。全身麻酔下に開頭術を行いつつその場でカテーテルを用いた撮影や治療を行うことが可能となっております。従来は別々に行っていた治療を同時に行うことができ、より低侵襲で高精度の手術が可能となっています。
ハイブリッド手術室で行った症例
左中大脳動脈M2/3部未破裂紡錘状動脈瘤
左シルビウス裂に動脈瘤を認めています。
左中大脳動脈末梢部に最大径7mmの紡錘状動脈瘤を認めています。
Cone-beam CTによる開頭部シミュレーション
術中画像
術中マイクロカテーテルからの超選択的血管造影
術中画像
出血発症脳動静脈奇形
術中画像
内頚動脈狭窄症
頚部側方で下顎の尾側左右に頸動脈が走行しています。心臓から脳への血流の通り道で重要な血管ですが、動脈硬化により血管壁にプラークが形成され血管の内腔が狭くなるもしくはプラークが破綻し脳へ流れると脳梗塞の前兆である一過性脳虚血発作や脳梗塞の原因となります。狭窄が軽度であれば内科的治療や経過観察で経過をみます。狭窄が高度もしくは一過性脳虚血発作や脳梗塞を起こした場合は外科的治療を考慮する必要があります。
治療方法
頚動脈ステント留置術(CAS)
血管撮影室で足の付け根の血管や肘の血管からカテーテルを挿入します。狭窄の遠位部に塞栓防止用フィルターを留置し狭窄部をバルーンで拡張させ頚動脈ステント(金属製のメッシュチューブ)を留置します。当科ではステント留置前後で血管内エコーを行い血管のどの部分にプラークが存在するか確認しステント留置部位を決定しています。また、ステント留置後にプラークが突出していないか確認しています(当院での発生率約12%)。入院日数は約5日です。術後1年半までは再狭窄の確率が高いため外来で定期的な経過観察を行う必要があります。
頚動脈内膜剥離術(CEA)
手術室で全身麻酔下に行います。頚部に約7㎝の皮膚切開を加え頚動脈を露出します。狭窄部周辺の動脈の血流を一時的に遮断し狭窄部の動脈を切開します。血流遮断中の脳血流低下が強い場合にはシャントチューブを使用し脳への血流を維持した状態で処置を行います。血管壁からプラークを剥離除去し断端や剥離面を処置した後切開部を縫合します。血管径が細い場合には人工血管パッチグラフトを使用し術後急性閉塞を予防しています。入院日数は約12日間です。術後1年までは再狭窄のリスクが高いため外来での定期経過観察が必要となります。
皮膚割線に沿って切るので目立ちません
超急性期脳梗塞に対する血栓回収療法
急性期脳梗塞に対して発症後4.5時間以内であればrt-PA静注療法が認められており標準的な治療として広く行われています。しかし、この治療のみでは再開通率が30-40%と高くなく死亡率も20%であること、時間の制約、梗塞部位や範囲など複数の条件があるため適応が限られています。一方、脳主幹動脈閉塞(LVO)を伴った重症脳梗塞症例に対する血栓回収療法を組み合わせて行った場合3ヶ月後に中程度の障害があっても介助なしに歩行が可能となる患者さんが50~70%に増え、死亡率も10%に低下するという研究結果が出ています。これらの結果より発症8時間以内もしくは最終健常確認時刻から6~24時間以内にrt-PAの経静脈投与が適応外、または投与しても血流再開が得られなかった場合には血栓回収療法が治療適応となっています。
右中大脳動脈の閉塞を認めています
右中大脳動脈領域のMTT遅延、CBF低下、CBV上昇を認めています
治療前:右中大脳動脈の閉塞を確認
もやもや病
もやもや病は日本で初めて発見報告された疾患で東アジア人に多いのが特徴です。約12%の患者さんにもやもや病の家族歴があります。2011年にヒトの17番染色体にあるRNF213と呼ばれる遺伝子がもやもや病発症の「感受性遺伝子」であることがわかりましたが、まだ原因がはっきりしておらず厚生労働省の指定難病となっています。脳を栄養する血管で最も太い内頚動脈の終末部が両側性に高度に狭窄するため脳血流が低下します。このために脳底部に「もやもや血管」が代償的に発達します。もやもや血管の代償的な働きにより通常は何とか症状を起こさずに済んでいますが、泣く・吹奏楽器の演奏・激しい運動をする・麺類を食べるなどの過呼吸を行うと脳血管が収縮してしまうため、手足の脱力や言語障害などの脳虚血症状を起こします。発症年齢は小児期と成人後(30~40歳台)の二つのピークがあり、小児ではほとんどが脳虚血・成人では半数が脳虚血・半数が脳出血で発症します。脳出血は血行力学的な負荷がかかっているもやもや血管から出血することがわかっています。
:小児(60件):成人(55件)
2014年にJAM Trialの結果がStrokeに発表されました。出血を起こしたもやもや病の患者さんに直接バイパス手術を行うことで再出血率が約3分の1に減らせること、大脳の後ろ半分の出血に対する再出血予防効果がより高いことがわかり、現在では出血型の再出血予防目的に直接バイパス術が行われるようになっています。患者さんの症状や検査結果により治療方法が決定されます。外科的治療には頭皮を栄養する浅側頭動脈と脳表の血管を吻合する直接バイパス術と硬膜や側頭筋などを脳表に接着させる間接バイパス術を行います。術後血流が安定するまでに一過性に神経脱落症状(麻痺、失語症や呂律困難など)を約30%(小児:約23%、成人:約38%)の確率で認めます。入院期間は約2週間です。両側の場合は3~4週間間隔をあけて行います。小児では約25%、成人では約2%弱の症例で前頭部や後頭部の追加手術が必要となります。術後1年以内をめどに脳血管撮影やSPECTによる脳血流検査を行います。症状が安定しても1年に1度は頭部MRI、MRAを撮影し脳梗塞や脳出血出現有無、血管狭窄進行有無がないか検査を行うことをお勧めしています。
両側大脳脳血流低下を認めています
両側大脳脳血流改善を認めています
その他、脳動静脈奇形、硬膜動静脈瘻、脳梗塞、三叉神経痛、片側顔面痙攣に対する外科的治療を行っています。